
昨年の秋の夜のことである。
忘れていたポストの中身を取りにいくと、うちで飼っているヤギが空を眺めていた。どうやら月が気になるらしい。ヤギは色を見分けるという本を読んだことがあるが、彼らは月の黄色も認識できるのだろうか。
届いた葉書や書類を確認すると徳利にお気に入りの秋田の日本酒を注ぎ、つまみと一緒に盆にのせて縁側に出た。久しぶりに月を眺めながら飲むことにした。縁側からヤギが見える。僕が気になったのか、既に月のことなど忘れ、こちらが飲んでいる様を見ている。しばらく虫の声を聞きながら月を眺め、ほろ酔い気分になった頃だった。初めてアフリカ大陸を踏んだ晩の、現地在住の日本人と屋外のレストランで食事をしたことなどを思い出した。
(昨年の秋の夜の話なのに、なぜその時アフリカの晩に思いめぐらせたことまで思い出されているのかというと、昼にたまたま聴いていたラジオ番組に、その時一緒に食事をした日本人の方が出演していた。そんな偶然も手伝って、ふと彼にメールを送ったりしたからである。)
話をアフリカの晩に戻そう。僕らはアフリカの屋外レストランで、ヨーロッパのサッカー中継が流れるテレビの灯りを頼りに、現地で獲れた見たことのないほど大きな川魚の煮込み料理を食べ、この土地で作られたコクのあるビールを飲んだ。電灯もないのに、そこまで暗い感じがしないなぁと空を見上げると大きな月が浮かんでいた。
「そっかぁ。アフリカにも月があるんだ」
僕は当たり前のことをつぶやいた。遠距離恋愛中の恋人同士が、電話で同じ月を見ながら語り合う、小説や映画の中で描かれそうなシーンをリアルに感じたのである。世界中の人が同じ月を見ているんだなぁと。たった、それだけのことなのだが、あのアフリカの晩、不思議と世界中の人が身近に感じられた。
今夜も月が出ている。先ほど、トイレに行ったら(僕の住んでいる家は築100年以上で、未だにトイレが外にあるんです)、ヤギが小屋から出て、月を眺めていた。そこで、ふと昨年の秋の夜のことを思い出したのである。
ちょうど美味しい白ワインとつまみがあるので、久しぶりに月でも見ながら縁側で飲むとしますか。
イシコ
1968年岐阜県生まれ。静岡大学理学部数学科卒。女性ファッション誌編集長、WEBマガジン編集長を経て、(有)ホワイトマンプロジェクト設立。国内外問わず50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動が話題になる。
2008年、世界を一都市一週間のペースで旅をするプロジェクト「セカイサンポ」を始め、「SKYWARD」(JAL機内誌)や「SANKEI EXPRESS」(産経新聞)など新聞、雑誌、WEBで様々な連載を通して独自の散歩目線でエッセイを発表しながら旅を続け、2009年帰国。その模様を綴った「世界一周ひとりメシ」(幻冬舎文庫)が、2万部を超えるヒット作品に。 また、2010年より生家の岐阜に移り住み、除草用にヤギを飼い始めたことから、ヤギマニアになりつつある。
関連リンク:
「世界一周ひとりメシ」
「セカイサンポ」